
■「家の近くの山にアカマツがあるんだ。子どもの頃から『気仙一』の大木と聞いてきたんだよ。ずっとずっと、そのアカマツまで行ってみたいと思っていてさ。一緒に行ってみないか?」と、森の案内人のYさん(ちなみにYさんは、子ども頃は野山を駆けめぐっていたという50代後半の素敵なおじさまです)。
■気仙地方で一番とはすごい!では行きましょうと、子ども頃からYさんが見続けてきたアカマツを目指すことになったのです。

【写真】これが目標のアカマツ。本当に気仙一なのかしら・・・・?
■杉林をぬい、急斜面を登りながら目指すこと1時間。やっと目的のアカマツにたどり着きました。
■「なんだ、あんまり大したことないなぁ・・・・」
■確かに大きいことは大きいけれど、気仙地方で一番とは到底言えないアカマツに、Yさんはがっくりした様子です。大きなアカマツの姿に子どもの頃から思いを馳せていたのでしょう。落胆する気持ちが伝わってきます。

【写真】これがそのアカマツ。立派なアカマツだけど、おじさまの想像とは、かけ離れていたみたい。
■「せっかくここまで来たから、山頂まで行ってみますか!」気分を新たに、もう少し里山を探検することにしました。
■再び斜面を登ります。杉林に囲まれていた山も稜線の向こうには、緑さす雑木林が広がっていました。まぶしいほど柔らかな木々の息吹。


■山頂に視線を移すと、尾根沿いに道が続いていました。しばらく使われていないのでしょう。笹が覆い被さっています。

■笹をかき分けながら尾根を沿って進むと、頂上には、藪の中にひっそりと、祠がたたずんでいました。

■山の神を祭っているのでしょうか。祠の中には、地元の先人が奉納したであろう絵馬や額がかけられています。
■「最近は山に行かなくなったからなぁ。こんな藪に囲まれてしまって」と独りごちるYさん。
■そういえば、おじいちゃん達に話を聞くと決まって「東京オリンピックの年から生活がすっかり変わった」と言うし、農山村のライフスタイルだって都会とそれほど変わらない気がすることも度々。山で遊ぶ人も、山へ行く人も少なくなったのは現実です。
■子ども頃に野山で遊んだYさんの世代が、経験的に山を知る最後の世代ではないか?かねてからの焦燥感に似た気持ちが心にもたげます。
■定量化は難しいかもしれないけれど、暮らしが自然を必要とした末に育まれた技や知恵、人を介して受け継がれた経験は現状、失われつつあるのでしょう。それは、かつての日本人の「芯」とも呼べるかもしれないもの。
■藪に覆われた祠の姿が、自然と暮らしとの遠のく距離、失われていく文化を物語るかのように映ります。
■でも、そんなことを言っても仕方がない。できる方法で、楽しみながら、紡いでいかなければ。
■帰路。アカマツを目指すことに夢中で気づかなかったけれど、里山は、春の息吹に満ちあふれていました。そこは、山菜や花々の合唱に呼応しては語るYさんの独壇場。童心に戻って、すっかりと楽しませてもらいました。

▲「ハクウンボクが葉を開く時って、こうもりみたいだな!」

▲「この立派なフジ蔓、大きな蛇が巻き付いているみたい!」

▲「この花って、ハウチワカエデだっけ?」

▲「おっ!しどけがあるぞ」 ※しどけ(モミジガサ)は山菜でよく食べます

▲「こっちはあいっこだ」 ※あいっこ(ミヤマイラクサ)も山菜。身の回りに好きな人も多いです

▲「一人静ちゃんも咲いてるな」
■山から降りた頃には、森の楽しさに、Yさんもすっかり元気を取り戻したようです。
■里では気仙川が、春の風景の中で悠々と水をたたえていました。

※今日は12月12日。山の神のお祭りが開かれます。
※種山の森がきっかけで教えていただいた本は、ふみぐら@種山ヶ原にまとめています。
(現在、128冊収集)
【暮らしの中の自然の最新記事】





子どもの頃 大きいと思っていたものが、大人になってから見ると妙に小さくて
拍子抜けすることは良くありますし、
大きかった木が倒れて、違う木を眺めているのかもしれませんし…
このお話のアカマツは、どういう理由だったのでしょうね。
アカマツは比較的、荒れ地に先に入って、先に滅びるたぐいの木なんですよね。
そんなに長い間立っているのかな?とも、思いつつ、
記事を読んでいくと…あらら?(^^)山菜採りしているうちに
おじさま、元気が出てきちゃったみたいですね。(^^)良かったです。
私的には、食べ頃(?)のミヤマイラクサの写真が見られて、嬉しかったです。
コメントをありがとうございます(^^)/
このアカマツは、おじさまが子ども頃、植林された小さなスギに囲まれていて、よく見えていたそうです。ちょうど、スギの植林が盛んに行われた時代だと思います。で、次第にスギが大きくなって、アカマツがいつの間にか見えなくなってしまったそうです。
はもようさんがおっしゃるように、子ども頃だから大きく見えたのかもしれませんね。また周りの人たちの言葉に、想像が膨らんだのかもしれません。
アカマツは、遷移の初期に定着する種類と言われていますよね。貧栄養の場所に生育できて、町内の山を見ても、岩場に大きなアカマツが生えていたりします。痩せ地に生育する印象です。
一方で、湿地などにも生育できるそうです。また、実生が大きくなるためには、明るい光が必要で、他の植物が生える場所ではまず大きく育たないとの事。これらのことから、他の植物との競争が避けられるような場所で結果的に、アカマツが大きくなるのではないかな?と思ってしまいます。あまり調べていないのでイイカゲンですけど(^^;)
お隣の市にある「高田松原」では、植林されたアカマツの中に樹齢300年と推定される個体があるそうです。防潮のため、江戸時代に植えられたとか。実際に行ってみると、本当に立派なアカマツに出逢えますよ。人が手を入れて環境さえ整えれば、荒れ地に関わらず、アカマツは大きくなれるのかもしれません。どうなんでしょうね。